県詩人会(詩と私 資料2 清水茂 たったいま 誰かが)

2013年08月02日 10:16

   たったいま 誰かが  清水 茂 作

たったいま 誰かが

世界を通り抜けていった。

こちらに向かって閉じる扉が

そのまま向こう側に開かれたのだ。

大きな息のようなものが 何処かで

時間を消してゆく気配がうかがわれる。

 

そこが光のあるところなのか、

それとも深い闇だけなのか、

私たちは期待や不安のままに

あれこれと穿鑿し、悲しんだり、

羨んだりするが、もうあの人は

そんなことからは解き放たれ

預けられていた自分を還していったのだ。

 

この夕べの雲があんなに豊かに

それもほんの束の間 緋色や紫金色

湧き立たせながら それをそのまま

画布にとどめようとするふうでもなく

惜しげもなく散らしてしまうのは

悲しんだり、羨んだりすることがないからだ

空のひろがりを通り抜けて そのまま

大きな息のようなものに融けていくためだ

そんなふうに たったいま

誰かが世界を通り抜けていった